救いの道へ

「イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」」
ヨハネの福音書十四章六節
 最近の個人的な出来事になりますが、電車に乗る機会があって、ある目的地へ向かっていた時のことです。初めて使うルートだったので、戸惑ってしまい目的地とは反対方向の電車に乗りそうになってしまいましたが、違う電車だと気が付き、なんとか目的地へ向かうことができました。もし、反対の電車に乗ってしまっていたら、時間通りに目的地まで辿り着くことは出来ませんでした。電車は、間違えて乗ってもまた引き返すことはできますが、私たちの命であったらどうでしょうか。人間は、時間が進むごとに加齢していき、死の道へと確実に向かっていきます。また人生の終わりが必ず老衰で亡くなるとは限らず、途中で病死するかもしれませんし、不慮の事故に巻き込まれて亡くなるかもしれません。他にも色々と考えられることはあると思いますが、もし死んでしまったなら、人生をやり直すことはできないのです。
「人の目にはまっすぐに見えるが、その終わりが死となる道がある。」箴言十四章十二節
「罪の報酬は死です。しかし神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」
ローマ人への手紙六章二十三節
 人生の最終的に行き着く所は、死であります。また死で終わるだけでなく、死後に裁きがあると聖書に書かれてあります。本来、人間は滅びの道を歩んでいるだけのものでした。しかし、神様は私たちがその滅びから救われるための道を備えてくださいました。それが、イエス・キリストの十字架と復活の御業です。パウロは次のように語りました。
「私がどのようなことばで福音を伝えたか、あなたがたがしっかり覚えているなら、この福音によって救われます。そうでなければ、あなたがたが信じたことは無駄になってしまいます。私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書に書いてあるとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおりに、三日目によみがえられたこと、また、ケファに現れ、それから十二弟子に現れたことです。」
    コリント人への手紙第一 十五章二~五節
 今、この地上で生きている時に、イエス様が自分の本当の救い主だと信じ受け入れ、救いの道へと向かわれますよう心からお勧め致します。